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鏡の中の

僕は時々、鏡の中の自分に問いかける。
もちろん、鏡の中の僕が
その問いに答えてくれることはない。
僕と同じ顔で
じっとこちらを見つめ返してくるだけだ。
 
それでも僕は、迷ったり、悩んだりすると、
いつも鏡をのぞき込んでしまう。
恋に振り回されたとき、
仕事でつまづいたとき、
眠れぬままに過ごした夜も、
言えずにことばを飲み込んだ日も、
僕は、鏡に問いかける。
 
そして今夜も、僕は鏡の前にいた。
じっと心の中に溜め込んでいた想いを、
鏡の中の自分にぶつける。
会話になることはないはずなのに、
なぜか次第に、僕の迷いが消えていく。
モヤモヤとした霧が晴れていくように。
 
まだ少し痛む心をごまかしながら、
僕は鏡の中の自分に笑ってみせる。
すると、鏡の中の僕も、ぎこちなく笑った。
 
よしっ!
とひとつ気合を入れて、勢いよく鏡に背を向ける。
だから、僕は知らなかった。
鏡の中の僕が、静かに微笑みを浮かべながら、
僕の後ろ姿を、じっと見つめていたことを。

朗読/蒔苗勇亮