春は別れの季節。
私はずっとそう思っていた。
だから、
あの人が遠くへ行くと聞いた時も、
春なのだから仕方ない、と思った。
あの人を引き留めようとか、
別れに抗おうとか、
そんなことは考えもしなかった。
だって、
春はいつも、別れを連れてくるものだから。
「いつ立つの?」
そう聞いた私に、
あの人はまるで、
苦い薬を飲み込んだように顔をしかめる。
「聞きたいことはそれだけ?」
呆れたという感情を隠しもせずに告げられた言葉に、
少したじろぐと、あの人は、
「キミは、僕たちのこれからについて興味がないのかな」
と、ため息まじりに言った。
これから、という言葉に私は思わず首を傾げる。
遠くへ行くあの人が、なぜ未来を語ろうとするのか。
私を置いていくあの人が、なぜ傷ついたような顔をするのか。
何ひとつ、私には理解できない。
黙ったままの私をじっと見ていたあの人は、
何かを言いかけて、結局、口をつぐんで、
くるりと踵を返した。
遠くなっていく背中を見送りながら、
受け入れたはずの別れが胸を刺す。
諦めたはずの想いが、いまさら熱を帯びる。
すべてを春のせいにして、臆病者は泣き笑う。
STORY's
ことばやコラム
YouTube
ことばやの仕事
お問い合わせ