「あんたも、行くとこあるんじゃないの?」
その言葉に、心が跳ねる。それを悟られないように私は口を開く。
「予定があったら会社なんて来ませんよー、休日にわざわざ。今日中に終わらせなきゃいけない案件があるんです」
なるべく明るい口調で言ってみる。しかし、そんな上っ面の切り返しなど、新野さんには通じないらしい。
「だったら作業に集中したら? 心ここにあらずって空気がこっちまで伝染してきて気が散るんだよねぇ」
ますます皮肉の色が濃くなっていく新野さんの視線が、私を戸惑わせる。
私は…私はどうすればいいんだろう。このまま会社にいても仕事なんてはかどるはずがない。まして、急ぐ必要のない仕事だ。しかも、新野さんの邪魔をしているのも心苦しく、あの視線にさらされ続けるのも痛かった。それでも、教会へ行く勇気は湧いてこない。
いつまでもグズグズ、うじうじする私の背中を押したのは、さらに続いた新野さんの言葉だった。
「ひとりで抱え込んでテンパるの、お前の悪い癖。言いたいことがあるならはっきり言え。遠慮する余裕があるっていうなら、ひとりで対処しろ。不安定オーラ出してこっちを巻き込むな」
全然優しくないのに、いつもより乱暴な口調なのに、なぜか、ストレートに私の心に飛び込んでくる。
言いたいこと…。そのひとことがやけに響いて、居ても立てもたまらなくなった。
私は慌ててパソコンをシャットダウンすると、バタバタを帰り支度をした。そんな私を、新野さんは一瞥すると、いつもの調子で興味はないという風にすぐ目をそらし、素知らぬ顔で自分の作業に戻った。
ようやく集中できるとでも言いたげなその背中に声をかける余裕すらなく、私は事務所を飛び出す。
秀一に言いたいことがある。けれど、それが何なのか、教会へと急ぐ私にはよくわからなかった。
今さら自分の気持ちを告げるなんてできない。それでも、私には伝えなくちゃいけない言葉があるはずだ。
だから、急いで、急いで。秀一の元へ、早く、早く。
気ばかりが急いて、私はいつの間にか走り出していた。やがて、あの交差点へとたどり着く。
そして、信号が青に変わった瞬間、私は飛び出し、次の瞬間、すべてがブラックアウトした…。
私の回想が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、その姿に似合わぬ自愛に満ちた声で少女がつぶやく。
「もう、家に戻る必要はなさそうね」
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