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公園の天使

僕が初めて彼女に逢ったのは、よく晴れた休日の昼下がり。
あてのない散歩の途中に立ち寄った、小さな公園だった。
芝生にゴロリと寝転がり、寝息を立てているその姿が、
あんまり気持ちよさそうで、ついつい見惚れてしまっていた。
そこはきっと、お気に入りの場所なのだろう。
無防備すぎる彼女の寝顔がそう教えてくれた。
 
そして僕は、彼女に恋をした。
 
彼女に逢うまで、味気なかった僕の休日。
ただ、身体を休めるだけ。
そこには、ウキウキする楽しさも、
ワクワクするときめきもなかった。
けれど、ただ静かに過ぎていく平和で退屈な休日を、
僕は悪いと思っていなかった。
慌ただしく流れる毎日を必死で泳ぎ続ける僕には、
そんな退屈も必要なのだと思っていた。
彼女に出逢うまでは。
 
僕は休日のたび、彼女に逢いに公園へと出かけた。
彼女はいつもそこにいた。
たいていは、お気に入りの芝生にゴロリと寝転んで。
時には、何か考えごとをするように、
じっと空を見上げている日もあった。
目が合うと、笑いかけてくれることもあった。
もっと近づきたい、と願いながらも、
その距離は一向に縮まず、顔見知りのエリアから抜け出せない。
それでも僕の休日は、
楽しさとときめきでいっぱいになっていた。
 
もし、彼女が笑顔をくれたなら、
思いきって声をかけてみよう、と誓った週末。
彼女の姿は、公園のどこにもなかった。
その日だけでなく、次の休日も、その次も、
どんなに待っても、彼女は現われなかった。
まるで僕の気持ちを見透かしたように、
彼女は僕の前から消えてしまった。
 
今でも時々、彼女のことを思い出す。
けれど、悲しくはない。
あの無防備な寝顔が浮かんできて、
心をあたたかく包んでくれるから。
きっと彼女は、僕に舞い降りた天使だったんだと思う。
季節ごとに変わる街並に気づきもせず、
早足で歩いては、疲れきっていた僕を癒すために、
公園に舞い降りた、気まぐれな天使だったのだと。
 
そして今、僕の隣には彼女とは別の笑顔がある。
彼女みたいに、公園の芝生でゴロリと寝転ぶのが大好きで、
安心しきった寝顔を見せては、僕を癒してくれる存在。
彼女と同じ、艶やかな毛並みのゴールデンレトリバー。
今は、コイツが僕の天使だ。

朗読/蒔苗勇亮