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他愛ないふたり
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ほんの少し、風を冷たく感じる夜、
千鳥足のサラリーマンに混じって家路を急ぐ。
理不尽極まりない上司のムチャぶりを力技でねじ伏せ、
ようやく我が家にたどり着いた。
疲れた身体を、ドアの中に滑り込ませるより早く、
カバンの中でスマホが鳴る。
「こんな時間に、誰だよ」
と、あえて言ってはみるが、
誰からのコールかなんてわかりきっている。
ほら、予想通りの声が聞こえてきた。
「この間、おもしろいお店見つけたんだけど、
今度の週末にどう?」
名前も名乗らず、いきなり要件だけを伝えてくる。
遠慮もなければムードもない。
もちろん、こちらの都合を聞く気遣いもない。
「当然、おごってくれるんだよな?」
と、上から目線で言い返せば、
「可愛くない!」とアイツが笑う。
そんな他愛もない会話が、
残業のイライラも、上司へのムカムカも、
一瞬で吹き飛ばしてくれた。
アイツの明るい笑い声が、
ささくれだった心を穏やかにしていく。
アイツの賑やかなおしゃべりが、
心地よくてつい、頬が緩んでしまう。
あぁ、悔しいけど認めよう。
オレにとってアイツは、特別だっていうことを。
朗読/山口龍海
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