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彼女が去ったあとで

一歩踏み込もうとした途端、スルリとかわされてしまう。
さっきまでこちらに注がれていた艶っぽい視線は幻か。
クールダウンした彼女は、振り向きもせず駅へと歩いていく。
 
「相変わらず掴めないねぇ、キミは」
 
ため息まじりに、遠ざかっていく背中につぶやく。
今夜も肩透かしを食らった僕が取り残された。
 
初めて逢った日、彼女はやわらかく僕に笑いかけた。
まるで、ずっと前から知って
いるとでも言うように。
その笑顔に、不覚にも僕はやられてしまった。
柄にもなく、どうしてもその心を奪いたいと必死になって、
僕は彼女を追いかけ続けた。
けれど、近づくほどに遠くなり、
すぐ隣りにいるのに、まるで手が届かない。
彼女はそんな人だ。
 
一向に成就しない想いは逢うたび溜まっていき、
ドロリとした澱みとなって、
やがて、僕の心を埋め尽くしてしまうだろう。
 
彼女に逢いたい。けれど、もう逢いたくない。
逢えば壊してしまうから。
逢わなければ壊れてしまうから。
 
矛盾する感情に翻弄され、出口のない迷路で僕は、
彼女を壊してしまいたい衝動に、いつまで抗えるだろうか。

朗読/山口龍海