冷たい空気が
ふたりの間で揺れる戸惑いを
切り裂くように吹き抜けていった。
金縛りが解けたように、男ははっと我に返る。
けれど、何も言わない。
向き合う女は、気まずさをごまかすように
意味もなくまばたきを繰り返す。
そして、男の出方を待った。
動き出さない男をじっと見上げながら、
女は思う。
「いつもそうだった。
どうでもいいことはうんざりするほどしゃべるのに
大切なことは、口にしない人。できない人だったね」
これまでなら、男の気持ちを察して、
女がフォローするのが常だった。
口にしなくても理解できるほど、
男の気持ちはわかりやすかったのだ。
だから、今回もそうなるだろうと、
いや、そうしてくれるだろうと、
男は決定的な言葉は言わないつもりでいた。
けれど…。
女はじっと黙ったまま、
まるで静止画のように男を見つめるだけ。
これまでと違い、
男のフォローをする気は、女には一切なかった。
「サヨナラくらい、あなたから言い出してよ」
言葉にせず、女は心の中でつぶやいた。
「終わらせると決めたあなたから、サヨナラを」
沈黙するふたりなどお構いなしに
賑やかに更けていく夜の片隅で、
女の願いは、まだ、男には伝わらない。
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