テーブルも何もない殺風景な六畳間の真ん中で、彼はあぐらをかいて父親と向かい合っていた。すっかり開き直った彼は、もう一つの疑問を父親にぶつけてみる。
「で、何でオレの前に出てきたんだ? 今さら」
口調が少し刺々しくなるのも仕方のないことだろう。
――なんたって25年も放っておかれたんだから。
けれど、そんな彼の口調などまるで気にしない様子の父親は、彼の質問に首を傾げた。
「うーん、気がついたらここにいたから。よくわからないんだよねー」
相変わらず、間延びした返事をよこし、父親はへらりと笑う。
――ム・カ・つ・く。おふくろは一体、この男のどこに惚れたんだろう。天国から連れ戻して、今すぐ問い詰めたい。
頼りがい、なんて言葉のかけらも持ち合わせていない父親に、彼は無駄だと知りつつ聞いてみる。
「死んだんなら、行くべきところがあるんだろう?」
そう、彼の母親は多分もう、そこへ行ってしまったはずだ。
――なのに、なぜこいつはここにいる? むしろ、お前が行けよ、あっちの世界へ。その代わりにおふくろを返せ。そうしたらこの25年を許してやらないことも…なくは、ない。
口には出さず、彼が心であれこれ言い募っている間、父親は困り顔で黙ったままだった。そして同じセリフを繰り返す。
「それがね、よくわからないんだー」
頼りないとか、情けないとか、そういう言葉を具現化したのがこの父親、なのかもしれない。他人事ではあるけれど、思わず彼に同情してしまう。が、国宝級のダメ男の息子に生まれたのが運の尽きだ。諦めてくれ。
――もう一度聞く。おふくろよ、どこがよかったんだ、こいつの。
「あの世っていうのかな、そこまでは行ったんだよ。でもさ、そこで門前払いされちゃって」
あの世の入り口で門前払い…死んだことはないけれど、それって前代未聞だよね、おそらく。
――地獄に行くはずが間違って天国へ行って追い返されたってオチじゃないよな? まぁでも、妻子を捨てて25年も放置していた薄情者が間違ったって天国へ行けるはずないか。
呆れを通り越し、軽蔑を含んだ口調で彼がつぶやく。
「何をしでかしたら、そういうことになるわけ?」
「う~ん、わからないんだよねー」
「何かひとつくらいわかることはねーのかよっ! ほんと、頼りにならねぇ男だな」
そんな彼の悪態に、父親はすまなそうな顔で言葉を続けた。
「門番みたいな人が言うには、ボクにはこの世に心残りがあって、その想いが邪魔して入り口で弾かれちゃうらしいよ。不思議だよねー」
――何が「不思議だよねー」だ! 呑気か、バカか。自分のことだって自覚は、こいつのおめでたい頭の中には、ひとっかけらもないみたいだな。
うんざりとした気持ちを隠しもせず、半ば答えを予想しながらも、彼は父親に問いかけた。
「その心残りってのは、一体なんだよ」
「それが、わからないんだなぁ」
――もはや、想定内だったその言葉に、ため息すらも出てこない。もう、このまま放置するか。うん、それがいい。
でも、もしかして…びっくりするほど役に立たないこの父親は、心残りってやつを解消しない限り、ずっとここにいるつもりなのでは?
――いやいや、それは困る。別にこんなヤツ…ユーレイだからって怖くはないし、呪ったり、祟ったりもしないだろう。だろうけど、気分的に非常によろしくない。ユーレイな親父と同居とか、全力でご遠慮申し上げたい。
だろうね。
「思い出せ。その心残りってやつを。今すぐに。そうじゃないと、あんた成仏できないだろ」
「し、心配してくれるの?」
「するか、そんなもん。ここに居座られたら困るから言ってるんだよ。とっとと思い出して、さっさと成仏しやがれ」
「つれないなぁ」
そう言いながら、やっぱりへらりと笑う父親に、彼は思う。
――心底ウザい。マジで早く思い出せ。そして、オレの前から消えろ、永遠に。
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