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ある夜の出来事~Black Coffee~

静まりかえった夜の真ん中。

ふと、自分だけが地球上にとり残された気持ちになる。

そんなことはあり得ない、と窓を開け、

灯りのともる街並みに、思わずホッとする。

 

けれど、次の瞬間、またもバカバカしい考えが頭をかすめる。

灯りがあるからひとりじゃないって?

その灯りの下に誰かがいるという保証はどこにある?

空っぽかもしれないのに。

 

深まりゆく不安をぬぐいながら、窓の外にじっと目を凝らす。

ほら、車だって通っているじゃないか。

自分以外に誰も存在しないなんて、

安いSF小説じゃあるまいし、なにを怯えることがある?

まったく、今夜はどうかしている。

ここらでコーヒーでも飲んで気合いを入れ直そう。

 

キッチンへ向かうと、すでに沸騰したヤカンが僕を出迎える。

いつ、誰が、お湯を沸かした?

 

さすがに少し気味が悪い。

今夜の仕事はもう諦めて、おとなしく寝てしまおう。

きっと疲れているのだ。

 

寝室へ向かうと、そこには見知らぬ女が寝ていた。

女を見下ろしながら、僕は考える。

 

そもそも、僕の家には寝室などないはずだ。

そう、独立したキッチンだってあるはずがない。

だって僕の部屋はワンルーム。

独身男がきゅうきゅうと暮らす狭苦しい空間なのだ。

では、今、自分が見ている光景はなんだ?

さっきのキッチンは何なんだ?

幻覚か、それとも夢を見ているのだろうか。

 

僕の混乱をよそに、女がゆっくりと目を開ける。

その瞬間、僕の視界はぴしゃりと閉じた。

真っ暗な闇に飲み込まれながら、僕は思い出す。

 

僕は、彼女の頭の中だけに生きているということを。

僕の存在こそが空想だったのだということを。