やっぱり心配だからと、乃々を自宅まで送り届ければ、終電の時間が迫っていた。
急いで駅へと引き返し、ギリギリ電車に滑り込んだ。セーフ。ほーっとひと息ついて、何気なく車窓に目をやれば、キラキラとにぎやかなネオンに混じって、下弦の月が出ていた。
今夜も、良夜は公園へ行っただろうか。月を見上げる彼女のそばで、何も言わずに佇んでいるのだろうか。瞳に仄暗い炎を宿して。
あんな瞳の良夜を、私は知らない。知らなかった。あんなに近くにいた良夜が、今はこんなに遠い。
「ねぇ、良夜。いい加減、目を覚ましなよ」
「お前には、関係ないだろう」
「まるで何かに操られてるみたいで、良夜が良夜じゃないみたい」
「俺は俺だし、誰にも操られてなんかいない。何を心配してるんだか知らないけど、余計なお世話だよ、鏡花」
「心配するよ。だって良夜、その顔…青白くてぜんぜん生気がないんだよ。鏡で見てみなよ。まるで幽霊みたいだよ」
「少し、疲れているだけだ」
「睡眠時間けずって、毎日、真夜中まで公園にいるんだもの。疲れて当たり前だよ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ。もう、やめなよ、良夜。ちゃんと休んで。眠って。お願いだから。これ以上、彼女のそばにいたら、良夜が、壊れちゃう…」
「彼女のせいみたいに言うなよ。俺がただ、彼女のそばにいたいだけなんだ。彼女と一緒にいたい。それだけなんだ」
「良夜…」
怒っても、諭しても、どんなに必死にお願いをしても、良夜は、彼女に会いに行くのをやめない。私の言葉など、ひとつも良夜には届かなかった。
自分は特別だって、良夜の人生から私がはじき出されることなどないって、自惚れていたのかもしれない。
私はただの幼馴染で。それ以上でもそれ以下でもなくて。特別なんかじゃなかったんだ。
電車を降り、家までの道をぼんやりと歩く。
公園の横を通りかかったとき、つい、園内に足を踏み入れてしまった。すぐに後悔した。
良夜と彼女が、月明かりに照らされ、ふわりと浮かびあがる。
今夜の彼女は、月ではなく良夜を見ていた。良夜は「愛おしい」という気持ちを隠しもしない眼差しで彼女を見つめ返す。
私はくるりと踵を返し、逃げるように公園を後にした。少しでも早くふたりから遠ざかりたかった。
息が上がるほどの早足で家までたどり着くと、少し乱暴に鍵をねじ込みドアを開ける。
「ただいま」を言う前に、こらえていた涙がひと粒、ポトリとこぼれ落ちた。
STORY's
ことばやコラム
YouTube
ことばやの仕事
お問い合わせ