「あそこに倒れているの、あなたよ」
え、うそ。あれ、私なの? なんで倒れてるの? どうして血まみれなの? そんな自分を、なぜ私は一段高いところから見下ろしてるの?
次々と浮かぶ疑問符にパニック寸前の私は、助けを求めるように少女を見た。少女は黙って私を見つめている。その瞳は深く濃い、まるで海の底のような蒼をしていた。
なんだか、誰も触れたことがない宝石みたいでキレイ…
一瞬、自分の頭の中からすべての疑問符がすっ飛ぶ。できることならその瞳に魅入られて、頭を真っ白にしてしまいたかった。疑問符の答えなんて、本当はいらなかった。
けれど、少女はゆっくりと静かに言葉を続けた。
「交差点に無理して突っ込んできたトラックと、信号が変わるのを待ちきれないように飛び出したあなたがぶつかったの。その結果が、今、あなたの見ている光景よ」
あれが、私…?
恐る恐る、問いかけるように少女の顔を見つめると、彼女は黙って頷いた。
少女が語ったこれまでの言葉を、もう一度ゆっくりとかみしめる。じわじわと一つの言葉が私の頭に広がっていった。
「私、死んだの?」
絞り出した言葉は、少しかすれた。
「えぇ、残念ながら。即死だったのがせめてもの救いね。痛みや苦しみを感じる余裕もなかったはずだから」
淡々と語る少女の言葉を聞きながら、私はなんでそんなに急いでたんだろうと考えていた。
勝負服を着ているってことは、何か大事な仕事があったはずだ。だって、プライベートじゃないはずだし。
でも、どうしても思い出せない。事故のショックで記憶喪失にでもなったのかな。でも、死んだ人間が記憶喪失って、ありですか?
「どうして自分が死んでしまったか、知りたい?」
少女は天使の笑顔で問いかける。
「知りたい! だって、あの服を着てるってことは、きっと大事な仕事がある日ってことで。私、こんなとこで死んでる場合じゃないはずなの、たぶん。ひとつのミスが命取りになるっていうのが社長の口癖で、だってうちの会社、ほんとにちっちゃいから。私がこんなことしている間に大事な仕事に穴をあけちゃったら…迷惑かけるなんてレベルじゃないの。だから、早く思い出さなきゃ。今日の大事な仕事のこと」
一気にまくし立てる私に、少女は天使のような笑顔を見せた。
「自分が死んだことより、会社の心配? あなた、お人好しなのね。まぁいいわ。私がここへ来たのは、あなたに<最期にしたいこと>を説明するためなんだし」
「最期に、したいこと?」
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