そうか、私、ユーレイになっちゃったんだ。
切迫したサイレンを響かせて、救急車が到着する。
どうやら、私の身体は病院へ運ばれていくらしい。
もう死んでるのになぁ…と思いつつ、改めて、この状況の現実味のなさになんだか笑ってしまいそうになる。
自分の死体が運ばれていくのを上から見てるのって、何かシュールだ。みんな死ぬ時はこうやって自分の死体を上から見下ろすんだろうか。そんなこと、誰も教えてくれなかったなぁ。死ななきゃわからないことっていっぱいあるんだ。
と、妙な感心をしている場合じゃない。早く大事な仕事を思い出さないと。
まずは事務所に行ってみよう。
そうだ、行先ボードを見れば、私がどこへ行こうとしたかわかるはず。うーん、なかなか冴えてるじゃない、私。
えっと、事務所に行くには…誰か事務所にいそうな人を思い浮かべればいいのか。ここはやっぱり、社長かな。
私は社長の、ちょいワルを気取りつつなりきれていない似非ジロー・ラモな笑顔を思い浮かべた。
次の瞬間、私は事務所とは似ても似つかない場所に飛ばされていた。
「え、何ここ?」
そこはいわゆるお座敷席だった。
政治家が悪巧みをし、世間に公表できないお金をこっそりやり取りする、高級な料亭の個室って感じ。いや、ドラマとかで見たイメージなんだけど。
まさか、あの社長が接待? しかもこんな高級な場所で? いやいやいや、ありえないって。あのケチの上に「ド」がつく社長ですよ。人類が滅亡するって言ってもやらないでしょ、接待。うちの社員なら全員がそう思うはずだ、きっと。
けれど、目の前の社長は明らかに誰かを待っている風情。
ほら、また時計を見た。誰を待っているんだろう。でも、あまり楽しい話をする場じゃなさそうだ。
社長の顔がいつもと違って冴えない。なんだか…寂しそうだ。
とその時、襖の向こうから声が聞こえてきた。
「お連れ様がお見えになりました」
スッと襖が開き、丁寧に頭を下げる仲居さんらしき人の後ろから、ひとりの女性が座敷に入ってくる。
「えっ、伊織さん??」
私の驚きをよそに、至って冷静にふたりの会話は始まった。
「ここなら、会社の連中に見咎められる心配もないと思ってね」
いきなり、密やかな関係をほのめかすような発言をする社長。
まさかとは思うけど、これって密会?
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