ようやく私は、私の元へと飛んで行った。
私が、いや、正しくは私の死体がいたのは病室じゃなかった。
真っ白な壁に囲まれた狭い部屋の中央に、ぽつんと粗末なパイプベッドがあり、そこに私が物言わず横たわっている。まぁ、死んでるんだから当然、こういう扱いになるだろう。
その光景はいつか見たような既視感があった。あ、そうか、ドラマで見たことがあるんだ。へぇ、日本のドラマっていうのも、けっこうリアルに作ってるんだなぁ。
とかくだらないことにいちいち感心してみたりする。
自分の死体とご対面するなんて、そう滅多にできる経験じゃないけれど、白い布が全身を顔まですっぽり覆っているので、実際にはまだちゃんと対面してはいない。
いちお、確認のためにと布をめくろうとして、一瞬、ハッとする。
「ぬ、布が掴めない」
忘れてた。私ってばユーレイだったんだ。どうも自覚が薄いな。なったばかりっていうのもあるけど。
そうか、ユーレイって物に触ったりできないんだっけ。意外に不便だな、ユーレイ。もっとこう、いろいろなことができるんだと思ってた。怪談とかに出てくるユーレイっていろいろできるじゃない。呪ったり、祟ったり、取り憑いたり…ってロクなことしないけど。
でも実際は姿見えないし、声も聞こえないし、物に触れないし。できないこと多すぎ。そう考えると、生きてる人間って便利だな、やっぱり。
まあ、とりあえず、横たわっているのが自分なのかどうか確認できないのはこの際いいとしよう。
私がこの部屋に飛んできたということは、ここに横たわっているのは間違いなく私だってことだろうし。
でも、物が触れないって致命的だ。鞄の中身が確認できない!
あぁ名案、崩れたり。さて、困ったぞ。
途方にくれていると、どこからか落ち着いた声色が聞こえてきた。
「私のこと、呼んだかしら?」
目の前に現れたのは、あの少女だった。
よ、呼んでない。呼んでないけど、やっぱ私が呼んだの…かも?
だって、どうしたらいいかわからなくなってたわけだし。
困ってたら来てくれるって本当だったんだ。なんかすごくない? これってテレパシー? やっぱりユーレイって便利だー。
さっきまで何もできないと文句を言っていたことなどコロリと都合よく忘れ、この奇跡に感謝する私。
とにかく助かった。この苦境を乗り切る知恵を、この際だから少女に授けてもらおう。
「あの…ユーレイが物を触れるようになる方法ってある?」
少女は、幼く愛らしい見た目からは想像もつかない、しっとりと艶を帯びた声でさらりと答える。
「あるわよ、もちろん」
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