「何にしても死ぬより悪いことにはならねぇだろ?」
元も子もないマグカッププードルの発言に、少女も私も、思わず笑ってしまう。
たしかにそうだ。最悪の事態はもう、私の身に起こってしまった。これ以上に悪いことなんて、多分ない。悲しいとか、苦しいとか、そんな痛みも、もうすぐ感じなくなってしまうのだろう。ここから離れたら。あちらの世界へ行ってしまったら。
きっと、これが最後…そう思ったら、心の痛みも愛おしくなってくる。
ふっ、とひとつ息を吐いて、私は顔を上げた。
「私…行ってきます」
そう言って笑うと、少女も、マグカッププードルも、私を後押しするように頷く。なんだか、勇気をもらった気がする。
心を決めた私は、目を閉じ、秀一の顔を思い浮かべる。ずっとそばにいた、ずっと好きだった秀一の顔を。
目を開けると、私がいたのは花婿の控室だった。そこに、秀一がいた。真っ白なタキシードに身を包み、緊張を隠せないその表情は、それでも幸せなオーラが滲んでいた。
胸がきゅっと鳴く。思わず、その腕にすがりつきそうになって、はっと手を引く。そして、また胸がきゅっと鳴いた。
たとえあのまま手が触れていたとしても、秀一の腕をつかめるはずなかったのに。まるで、届くことのなかったこの気持のように。
このまま、ずっと見ていたい。でも、幸せだと全身で語る姿を、もう見ていたくない。うらはらな気持ちを抱えながら、私は途方に暮れていた。
何を伝えればいいんだろう。どう伝えればいいんだろう。
答えが見つからないまま、私はドアをすり抜け、外へと出る。
ゆらりゆらりと教会へと向かうと、招待客が集まり始めていた。そこに、見知った顔ぶれを見つける。大学時代のサークル仲間たちだ。
少し近づいてみんなの話に耳を傾けていると、その中の一人、秋生と目が合った…気がした。じっと秋生を見つめてみると、彼女の視線がちょっと泳いだ。
も、もしかしたら、秋生、見えてるのかな?
淡い期待が胸に広がる。もし、私のことが見えているなら、秋生と話したい。私の言葉を聞いてほしい。
ドキドキと鳴り出し始めた心を鎮め、さり気なく秋生のそばへと移動してみる。
いや、さり気なくしなくたって誰にも見えてないんだけどさ。なんとなくね。
秋生の近くを漂いながら、みんなの話を聞いてみる。
「そういえば、果南は? まだ来てねーの?」
いきなり自分の名前が出て、ビクリとする。そんな私に、秋生が一瞬、視線を寄越した気がした。
やっぱり、見えてるのかな、秋生。
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