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おめでとう

新しい年が始まった。
思えば、昨年はツキがなさすぎた。
でも、そんな不遇の年もすでに過去。
今年の私はひと味違うぞ、と自分を励ましつつ、
誰よりも早くオフィスへ乗り込んだ…
はずだったけれど、
一番乗りの座はすでに奪われていたようだ。
 
こちらに気がついて振り向いた顔は
戸惑いとバツの悪さを乗せている。
そんな彼にとびきりの笑顔で
「おめでとう」と言ってみる。
彼は一瞬、驚いたように目を見開いて、
気まずそうに視線をそらしながら
「あぁ、ありがとう」と応える。
私はちょっと皮肉な笑いを口元に浮かべ、
「あ・け・ま・し・て、おめでとう」と言い直す。
 
「あ、いや、オレてっきり、その…」
彼はすっかりシドロモドロである。
ふんっ、ざまあみろだ。
 
何か言おうとして、でも言えなくて、
困り顔でオタオタする彼に、私はもう一度、
「おめでとう」と言ってみる。
さすがに少し不機嫌な顔になった彼は、無愛想に
「あぁ、おめでとう」と言って、
すぐにくるりと背を向けた。
 
その後ろ姿にとびきりの笑顔で私は言う。
「ばかね。結婚おめでとうって言ったのよ」
 
ガタンッと音がした後、
彼がどんな顔で振り向いたのか、
背を向けて歩き出した私には、もう見えていなかった。

朗読/碓倉さとみ、井せきただし