「ただいま」
後ろ手にドアを締めてつぶやけば、
「ただいま」は、
灯りのない部屋を静かに漂って、
誰にも受け止められることなく、
ゆっくり闇に溶けてゆく。
パチリと灯りをつければ、
ほんの一瞬、
「ただいま」の残像が窓に浮かび、
すぐに消えていった。
テーブルの上にとん、とコンビニ弁当を置き、
その前に着替えもせず、どさりと座る。
「いただきます」
両手を合わせてそう言えば、
今度は「いただきます」が
誰かを探すようにウロウロと漂う。
けれどすぐに悟ったように、
弁当を食べ始めた僕の頭の上で
いきなりパッと消えた。
リモコンを手繰り寄せ、テレビをつける。
僕がたてる音以外、何もなかった部屋に
急にたくさんの音が、声が、流れ込んできた。
何の意味もないそれらが部屋を満たしていく中で、
僕の今日が終わってゆく。
昨日もそうだった。
きっと、明日も同じだろう。
「おやすみ」
音も灯りも落とした部屋に、
「おやすみ」が
ふわりと広がって僕を見降ろしている。
応えてくれる声は、もうない。
もう、ないんだ。
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