あの夜、どうして聞こえてきた音を無視しなかったのだろう。なぜ、足を止めてしまったのだろう。私は後悔し続けている。
だって、あのまま気づかずに通り過ぎてしまえば、私と良夜は今も一緒にいられたのに。それがたとえ、恋人という関係じゃなかったとしても。幼馴染という特別なポジションのまま、一緒にいられたはずなのに。
そんな風にぼんやりと考えごとをしていた私を、乃々が現実に引き戻した。ちょっと拗ねたような顔でこちらを見る乃々は、高校時代からの私の親友だ。
「きょうちゃん。どうしたの? テンション低~い」
「え?」
「さっきから上の空~って感じだし。乃々といるの、退屈?」
「そうじゃないけど…」
「あ~、原因は、またアイツ?」
「え、あぁ…うん」
「もぉ…いつも凛としてカッコいいきょうちゃんなのに、アイツが絡むとうじうじと、ほんっと女々しい」
「いじめないでよ、乃々」
「しょうがないなぁ…。聞いてあげるから、話して。何があったの?」
「あのね、良夜が…」
「うんうん、呆れるほどに鈍感なあの男が、どうしたって?」
「良夜が、恋に落ちる瞬間を、見たの」
「はぁ?」
「私の目の前で、良夜が恋に落ちたの!
「アイツが? 恋って何? それ美味しいの? ってくらい色恋に縁のないアイツがぁ?」
「乃々…」
なぜか、乃々は良夜に辛辣だ。
たぶん、私が彼に長い長い片想いをしているから。だって、いつも乃々は私の味方。私が悲しい想いをするのが許せないらしい。
もっとも、それは良夜のせいではなく、想いを口にできない私に原因があるのだけれど、乃々にその理屈は通らない。私の気持ちに気づかない良夜が100%悪いらしい。
私の片想い歴はむだに長い。なにせ、物心ついた頃からずっとなのだから。
私と良夜はいわゆる幼馴染。家がお隣同士で、生まれたのも一日違い。生まれた瞬間から、いや、正しくは母のお腹にいる頃から、良夜と一緒に過ごしてきた。
何をするのもふたり一緒で、笑うときも、泣くときも、怒られるときも一緒。ケンカをするのも、仲直りをするのも、何もかも、私は良夜と一緒に覚えていった。
だから恋も、私は良夜とするのだと思っていた。疑いもせず、そう信じていた。だから、そうじゃないと知ったときにはもう、私の心には良夜以外が入る隙間なんてなかった。
「で、きょうちゃんはどうしたいの?」
「どう、したい…って言われても」
「このまま、月のキミとやらにのぼせ上がっているアイツをただ見ているだけ?」
「それは…」
「それとも、いっそ想いを打ち明けて玉砕する?」
「え、そんなこと…」
「あぁぁぁ、はっきりしようよ、きょうちゃん。もうさ、いっそのことすっぱりとアイツのことなんて諦めて、切り捨てて、乃々と…過ごそうよ。きっと、楽しいよ!」
そう言って励ましてくれる乃々に曖昧な笑みを返しながら、私は良夜のことを考える。
何かに憑かれたように毎晩、公園に通い詰める良夜のことを。
良夜が心を奪われた彼女は、いったいどこから来たのだろう。なぜ毎晩、公園で月を見上げているのだろう。その瞳に良夜を映さず、けれど、良夜の心を掴んだままで、彼女は…。
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